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其の一 カタマリ
〜正気の傲慢〜
 
     
 やりきれなさともどかしさ、それでいて絶望の中で手探りする期待。生理的換気によって浮遊した正気は、悲しみの目で肉の塊(カタマリ)を見下ろす。辿り着く場所もなく、どちらに行けば良いのかも分からないままさまようカタマリはあまりに虚しい。もう目を閉じて、日常に環ろうと勧めても、カタマリは涙を流しながらそれを拒否する。でも彼はもう何処にも行きたくないことを知っているんだ。カタマリは誰かを求める。背後から照らす太陽よりも強い光が頬に接触することを。正気はカタマリを助けることが出来ない。さらに彼女の存在までもを否定しようとしている。正気は思う。カタマリはまた探し物をしなくてはならないんだ、彼女のことを忘れることが彼のためなんだと。


「私にはあなたが必要なんだ。あなたのあたたかさが。」

「それに彼女の人格を、存在を否定することなんてしてはいけない。」

「彼女を否定しようとは思っていない。しかし、彼女はここにはもういないんだ。」

「それは彼の創り出した虚像のことだ。」

 彼女はそこにいる。正気は自分可愛さによって彼を遮蔽し、孤独へと導いていたのかもしれない。彼をカタマリと見なしていたのは正気の傲慢なのか。やはり正気は彼を救うことは出来ない。


「しかし彼女は待ってくれない。それでもふりかえろうとするのか?」

「彼には愛の先に進んでもらわなければならないのかもしれない。今は彼女の虚像を修復しなくてはならない。」

「正論だな、しかし彼のためにふりむくんじゃないだろ。彼の中にある、どうしようもない力が彼女へ向かうのを認めるだけだろう?」

「愛って何だ?」

「じゃあ、愛って何だ?お前に愛がわかるのか?」


 正気は迷う。愛とは狂気なのか?狂気を除けば、彼にとって、いや、カタマリには神経作用でしかないのかもしれない。愛って何だ?愛って何だ?彼は何を求めている?肉体に刺激される性的欲求か?精神的適応か?つまりは脳内の神経伝達物質の年齢的に起こりうる一時的な過剰状態ではないのか?


「彼は何を求めている?」

「お前には"求める"という考え方でしか見ることが出来ないのだ。」

「彼は求めていないのか?」

「確かに求めているだろうさ、カタマリとしてみているお前にとってはな。あいつには物質的な欲求しかないのかもしれないな。だが、それなら愛とはいえないだろう。」
思考「愛とは人間関係の衝突の時に起きる衝撃から発生したものだ。波紋の衝突が生んだ歪みだ。狂いなんだ。」


 波紋。。。着水したと同時に広がっていき、やがては元の穏やかな水面にかえる波紋。一度起こした波紋は途中で消すことなんて出来ない。彼は水溜まりに落ちた瞬間から進んでいるのだ。正気に彼を止めることは出来ない。

「しかし、愛が落ち着くところがあるはずだ。彼の望む落ち着き方は、どうなれば良いのだ?」

「望みね、お前はそうやってしか考えられないんだな。あいつが当惑しているのは彼女の波紋が予想以上のものだったからだ。とにかく、シンクロすることがあいつの望む落ち着き方なんだろうね。」

「もちろん波紋は例えだからなんとも言えない、もはや2次元でも3次元でもない広がりがあるはずだから。」


 シンクロ、、、滴の大きさ、落ちる高さが同じで、同じ強さの波紋。いや、それだけじゃない、滴が水面に落ちるタイミングも同時でなければならない。彼女の波紋に対して、より大きな波紋によって飲み込んでしまうと言うことも出来るのかもしれない。しかしそれは傲慢である。もし彼が彼女とシンクロしたいのであれば、彼の構造を変えなければならない。それは正しいことなのか?彼が彼ではなくなってしまうのでは?それに"望む"ということがすでに傲慢なのかもしれない。傲慢を許容するとして、彼の構造を破壊することなく、シンクロさせる手っ取り早い方法。それは運としか言えないが、彼女の目を向けさせること。


「彼女の目を向けさせるか、、、」

「あーあ、逆戻りだな」

 逆戻りだ。何も解決していない。狂気は現象を見ることしか出来ない。だが外側の世界から全知であるようである。狂気自体は彼の波紋が副次的に生み出したものだから、それこそ止めることは出来ない。そして正気は何も出来ないくせに傲慢なのだということが分かっただけ。狂いの発生は理解できても、愛の発生には理解できない。


「愛の発生は何だ?他と何が違って愛になった?」

「そもそも愛なんてものがあるのか?愛なんてものがあると考えられていて、それに依れば、物質的欲求だけでは片づけられない、片づけたくないものがあるのかもしれない。しかし、物質的欲求しかないのかもしれない」

 それを愛と呼んでいるとしても、何故彼女に対して欲求が起きたのだ?あなたの波紋と衝突した時に生じた衝撃(振動)が彼の鍵穴に入り込んだのか?

 
     
     
 
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